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近藤幸止 こんどう こうし

美術人名辞典の解説

近藤幸止

幸殖の次男。称努・百助。新潟県大書記官。従六位。明治42年(1909)歿、67才。

出典|(株)思文閣美術人名辞典について | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

近藤幸止 こんどう-こうし

1843-1909 明治時代の官僚。
天保(てんぽう)14年生まれ。伊勢(いせ)(三重県)亀山藩家老近藤織部(おりべ)の子。明治4年岩倉具視(ともみ)の欧米視察に随行西南戦争では谷干城(たてき)とともに西郷軍の攻撃から熊本城をまもる。のち山口県や茨城県などの大書記官をつとめた。明治42年死去。67歳。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

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