通陽門院(読み)つうようもんいん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「通陽門院」の解説

通陽門院 つうようもんいん

1351-1407* 南北朝-室町時代,後小松天皇の母。
観応(かんのう)2=正平(しょうへい)6年生まれ。三条公忠(きんただ)の娘。後円融天皇後宮にはいり幹仁親王(後小松天皇),珪子内親王を生む。応永2年准三宮(じゅさんぐう)となり,3年には院号をさずけられた。応永13年12月27日死去。56歳。名は藤原厳子(たかこ)。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「通陽門院」の意味・わかりやすい解説

通陽門院
つうようもんいん

[生]正平6=観応2(1351).京都
[没]応永13(1406).12.27. 京都
後小松天皇の母藤原厳子。内大臣三条公忠の娘。後円融天皇がまだ皇太子建徳2=応安4 (1371) 年その宮に入り,上臈局と称し,後小松天皇,珪子内親王を産んだ。後小松天皇即位後に従二位,応永2 (95) 年三宮に准じられ,翌3年通陽門院の院号宣下。

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