道助入道親王(読み)どうじょにゅうどうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「道助入道親王」の解説

道助入道親王 どうじょにゅうどうしんのう

1196-1249 鎌倉時代,後鳥羽天皇の第2皇子。
建久7年10月16日生まれ。母は内大臣坊門信清(ぼうもん-のぶきよ)の娘。真言宗正治(しょうじ)元年親王となる。建永元年仁和(にんな)寺で出家建暦(けんりゃく)2年道法法親王に灌頂(かんじょう)をうける。建保(けんぽ)2年仁和寺門跡。光台院御室(おむろ)と称された。藤原定家に和歌をまなんだ。宝治(ほうじ)3年1月15/16日死去。54歳。俗名は長仁(ながひと)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「道助入道親王」の解説

道助入道親王 (どうじょにゅうどうしんのう)

生年月日:1196年10月16日
鎌倉時代前期の僧
1249年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む