日本歴史地名大系 「都志見村」の解説
都志見村
つしみむら
慶長六年(一六〇一)の検地により高七二五・七二二石に決定し、以後変更はない。広島藩領で明知。寛永一五年(一六三八)より明和元年(一七六四)までの免は、上り詰七・四、下り詰は三・一七一であったが、享保一七年(一七三二)の虫害による凶作で〇・八、明和二年より定免六・九二となる(国郡志下調書出帳)。農業を主とし、その専業者は村人の九割を占め、農商兼業のうち商に重点をおくもの五歩方、浮過五歩方であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報