野島青茲(読み)ノジマ セイジ

20世紀日本人名事典 「野島青茲」の解説

野島 青茲
ノジマ セイジ

昭和期の日本画家



生年
大正4(1915)年4月8日

没年
昭和46(1971)年1月27日

出生地
静岡県引佐郡細江町気賀

本名
野島 清一

学歴〔年〕
東京美術学校日本画科〔昭和13年〕卒

主な受賞名〔年〕
日展特選〔昭和24年・26年〕「博物館」「仮縫」,日展文部大臣賞〔昭和40年〕「母子像

経歴
旅館の長男として生まれる。幼い頃から画をよくし、16歳で上京、昭和6年松岡映丘師事。16年高山辰雄らと一采社を結成、日本画の革新運動を進めた。戦後は日展に出品、24年第5回日展「博物館」、26年第7回「仮縫」が特選となり、40年「母子像」で文部大臣賞を受賞した。19〜24年にかけては法隆寺壁画の摸写に従い、42年にも同じく法隆寺壁画摸写に携わった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「野島青茲」の解説

野島青茲 のじま-せいじ

1915-1971 昭和時代の日本画家。
大正4年4月8日生まれ。松岡映丘(えいきゅう),中村岳陵に師事する。昭和16年高山辰雄らと一采社を結成。人物画中心におもに日展で活躍,24年「博物館」,26年「仮縫」が特選,40年「母子像」が文部大臣賞を受賞した。昭和46年1月27日死去。55歳。静岡県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。本名は清一。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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