野底山(読み)のそこやま

日本歴史地名大系 「野底山」の解説

野底山
のそこやま

[現在地名]上郷町野底

上郷町北西部野底川上流の森林地帯の総称。面積は一千七八三ヘクタールで、現在はほとんどが町有林。森林の保護がゆきとどき、杉・檜・松の美林は有名である。

元禄一二年―宝永二年(一六九九―一七〇五)にかけて、野底山の入会権をめぐる山論が展開された。上黒田・下黒田・飯沼南条・別府の五ヵ村が上飯田村東野ひがしの大雄寺だいおうじ(いずれも現飯田市)を相手取り、七年にわたって争われた。東野の入会権を認めた飯田藩の裁許を不服とした五ヵ村が江戸出訴に及び、手錠村預け・入牢・闕所者多数を出しながらも、藩の弾圧をはねのけ、野底山における五ヵ村の刈敷権を公認させた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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