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野村佐平治 のむら さへいじ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

野村佐平治 のむら-さへいじ

1822-1902 江戸後期-明治時代の商人。
文政5年生まれ。下総(しもうさ)猿島(さしま)郡(茨城県)の人。製茶(焙茶(ほうじちゃ))を業としていたが,江戸で宇治茶の栽培と製法をまなんでこれを郷里でためし,「江戸の花」としてうりだし好評を博した。明治35年死去。81歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

野村佐平治

没年:明治35.8.29(1902)
生年:文政5(1822)
幕末・明治前期の茶業家。下総国猿島郡山崎村(茨城県境町)の出身。父政吉は農業のかたわら茶商を営む。佐平治は天保7(1836)年の凶作後,畑作地の農民を救うには茶の改良以外にないことを悟り,江戸日本橋の茶商山本喜兵衛につき,宇治茶の栽培と製法を聞き良茶を得た。江戸の茶問屋古木屋佐平がこれを「江戸の花」として売り出し,中山元成と共に猿島茶の名をひろめた。輸出の増大した明治前期には粗製乱造のために猿島茶の声価がおちたが,佐平治は茨城県勧業課の要請を受けて中山元成と茶業組合を造り,製茶共進会を開催し,集談会を組織した。28年には野村流製茶伝習所を茨城県結城・猿島両郡の各地に開設。著書に『製茶指針論』がある。<参考文献>椎名仁他『猿島茶に生きる』

(長谷川伸三)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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