野村新村(読み)のむらしんむら

日本歴史地名大系 「野村新村」の解説

野村新村
のむらしんむら

[現在地名]高岡市野村

庄川下流左岸、野村の東方に位置。村名は野村領で村立てしたことによる。正保郷帳では新田高九七石余、田方五町一反余・畑方一町三反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高一二四石・免四ツ五歩(三箇国高物成帳)。灌漑は十七(じゆうしち)ヶ用水の分流国方(くにかた)用水を利用し、文政一一年(一八二八)の水当高は一六四石(「十七ヶ用水取分け絵図」高樹文庫)。寛文三年の役家高は三、しかし無役家であった(「川西家高付帳」川合家文書)。


野村新村
のむらしんむら

[現在地名]笹神村野村

赤水(あかみず)村の北西にあり、南は須走(すばしり)村、北は泉新(いずみしん)村。寛文一三年(一六七三)の村上御領分組々村数并高付大庄屋付(大滝家文書)に村名がみえ、山崎組に属する。元禄郷帳では赤水村枝郷とあり、高九八石五斗余。宝永四年(一七〇七)頃の山崎組御巡見御案内帳(渡辺家文書)には万治三年(一六六〇)の開発とあり、高一三七石一斗余・田畑反別一一町三反七畝余、家数一〇、男三二・女二七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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