野洲市庭(読み)やすいちば

日本歴史地名大系 「野洲市庭」の解説

野洲市庭
やすいちば

古代以来の官道と野洲川が交差する地点に発達した市場。野洲市場とも記される。野洲の浄満じようまん寺蔵の絵像裏書に「野洲郡立入郷内市庭惣道場」とみえるから中世には立入たてり郷内であったらしい。天文一四年(一五四五)一二月二六日の六角氏奉行人連署奉書(野洲共有文書)によれば、六角氏は「野洲市庭」地下人に対し門並役・国役・郡役を免除する代りに、川渡し人足出役と橋架けを命じた。この奉書の宛先には「当町屋地下人中」とあり、当時町屋が形成されていたことを示す。一般の往来はもとより、物資運搬を業とする人々が集住していたのであろう。戦国期以降当市庭は野洲川渡河地点の管理を受持ったことになる。また野洲の字に木之座きのざの名称があり、享禄二年(一五二九)の三上社公文所納日記(御上神社文書)にみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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