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銅川 どうせんTóng chuān

世界大百科事典 第2版の解説

どうせん【銅川 Tóng chuān】

中国,陝西省中央,黄土台地の南端を占める省直轄市。市政府は咸陽(かんよう)より通ずる咸銅鉄道の終点である十里舗に置かれ,市域内には耀県(ようけん)を含む。秦・漢においては国都長安の畿内の地として左馮翊(さひようよく)に属し,今の耀県の地に祋県(たいうけん)が置かれた。三国魏はここに北地郡を置き,北朝を通じて宜州,通川郡と名称は変わったが,長安より北方の塞外へ至る交通路上の要衝であった。一方,銅川の地は,晋のとき,北方異民族である前秦が同官護軍を置き,北魏のときに県となって北地郡に属した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

銅川
どうせん / トンチョワン

中国、陝西(せんせい)省中部の地区級市。耀(よう)県、宜君(ぎくん)県を含む。人口83万2154、市轄区人口44万5244(2000)。黄土高原の南端に渭河(いが)平原を望んで位置し、関中中心部の北方を固めるとともに、関中より陝西省北部へ至る交通路を押さえる要衝であった。この付近は、長安に都のあった時代はその畿内(きない)に含まれたが、北魏(ほくぎ)のとき、北雍州(ほくようしゅう)が設けられ、銅川の位置には銅官(どうかん)県(のち同官県と改められる)が設けられた。地名は傍らを流れる同官川にちなむ。1946年銅川県と改められ、58年市となった。現在は咸陽(かんよう)から鉄道が通じ、渭河平原北部の工業中心地となっている。市内には唐の玉華(ぎょくか)宮や、北宋(ほくそう)の青磁製作で著名な耀州窯(ようしゅうよう)の遺跡があるほか、耀県には本草学に関する碑石で有名な薬王山がある。[秋山元秀]

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