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関中 カンチュウ

デジタル大辞泉の解説

かん‐ちゅう〔クワン‐〕【関中】

中国陝西(せんせい)省中部、渭水(いすい)盆地一帯の称。函谷関(かんこくかん)など、四つの関の中にあったところからの名。自然の要害をなし、長く政治・軍事的中心となり、秦の咸陽、漢・隋・唐の都の長安などが建設された。土地が肥沃で、農業も発達。

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百科事典マイペディアの解説

関中【かんちゅう】

中国,陝西省西安(かつての長安)を中心とする,東は函谷関,南は武関,西は散関,北は蕭関のいわゆる四関に囲まれる渭水(陝西)盆地をさす。古来,周,秦,漢,唐などはここを中心地とした。

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世界大百科事典 第2版の解説

かんちゅう【関中 Guān zhōng】

中国,陝西省の渭河平原のこと。東は函谷関,西は隴(ろう)関までの間,また東は函谷,南は武関,西は散関,北は蕭関に通ずる地域なのでその名が生まれたといわれ,関内というのと同義である。軍事的に要害であるほか,西方はシルクロードにつながり,南は四川に至る交通の要地でもある。秦・漢,隋・唐の国都長安はその中心を占める今日の西安におかれた。秦・漢時代に水利灌漑施設が発達し〈金城千里,天府之国〉と称せられた。【日比野 丈夫】

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大辞林 第三版の解説

かんちゅう【関中】

中国、陝西せんせい省の渭水いすい盆地の古称。東の函谷関かんこくかん、西の隴関ろうかん、北の蕭関しようかん、南の武関にかこまれているのでこの名がある。長安を中心として唐代までの中国の中心地。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

関中
かんちゅう

ウェイ(渭)河平原」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

関中
かんちゅう / コワンチョン

中国、陝西(せんせい/シャンシー)省中央部をさす歴史的地名。元来、戦国時代に秦(しん)の設けた函谷関(かんこくかん)(現河南(かなん/ホーナン)省霊宝(れいほう)県の北東、黄河(こうが/ホワンホー)が峡谷をなす所にあった)より西部をいう。陝西省北部や秦嶺(しんれい/チンリン)山脈以南をも含んで用いられたこともあるが、一般には渭河(いが)平原一帯をさし、関中平原ともいう。南北を台地や山地でくぎられ、東西に狭隘(きょうあい)の地をもつ地形は、自然の要害をなし、古代、中世を通じ、中国北部で軍事的、政治的にもっとも重要な地域の一つであった。新石器時代から仰韶(ぎょうしょう)文化が栄え、秦が咸陽(かんよう/シエンヤン)を国都としてより、歴代の国都のある地域であったため、文化遺跡も非常に多い。黄土に覆われた土地は肥沃(ひよく)で、古くから農業開発が進み、とくに渭河沖積地は灌漑(かんがい)水路も整備され、小麦、綿花を中心とした一大生産地となっている。西安(せいあん/シーアン)市、咸陽市をはじめとした都市も発達し、陝西省でもっとも人口稠密(ちゅうみつ)な地域でもある。[秋山元秀]

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世界大百科事典内の関中の言及

【渭水盆地】より

…黄土高原,秦嶺にさえぎられた陥没盆地で,東西300km,南北平均100km。関中,渭河平原ともいう。関中の語は戦国末には使われ,東の函谷関,西の散関,北の蕭関,南の武関に囲まれた地域をさす。…

※「関中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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