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咸陽 カンヨウ

5件 の用語解説(咸陽の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

かんよう〔カンヤウ〕【咸陽】

中国陝西(せんせい)省渭水(いすい)北岸にある工業都市紡績工業が盛ん。秦(しん)代の首都。人口、行政区95万(2000)。シエンヤン

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百科事典マイペディアの解説

咸陽【かんよう】

中国,陝西省中央部,西安北西方の都市。渭水(いすい)北岸に臨み,の都で,始皇帝阿房宮の故地として知られる。隴海(ろうかい)鉄路に沿う。付近は肥沃な灌漑(かんがい)耕地で,綿花・麦類の産が多く,これら農産物の集散地をなす。
→関連項目長安

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世界大百科事典 第2版の解説

かんよう【咸陽 Xián yáng】

中国,戦国時代の前350‐前207年の秦の都。現在の陝西省咸陽市の北東約10kmの窯店公社にある。城壁は一部を除き明確でないが,渭河をまたいでほぼ15km四方の範囲と推定されている。城内の北方高地は宮殿区で東西に多数の宮殿基址がある。そのうち1号と3号の両宮殿址が調査された。1号宮殿址は1974‐75年の調査で,牛羊村北方高地上にあり,中間に牛羊溝をはさんで東西に対称に回廊で連なり,両側におのおの東西68m,南北45mの2層の版築土台を心とした木造瓦葺の3層の殿閣であったことがわかった。

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大辞林 第三版の解説

かんよう【咸陽】

中国、陝西せんせい省の都市。渭水いすいの北岸、西安の北西に位置する。戦国時代、秦の都で、現在の市街地の東郊に遺跡がある。穀物・綿花などの集散地。シエンヤン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

咸陽
かんよう / シエンヤン

中国、陝西(せんせい/シャンシー)省中部、渭河(いが/ウェイホー)の北岸にある都市。戦国時代、現在の市街の東方に秦(しん)の孝公(在位前361~前338)が初めて都城を築いて以来、秦の国都として繁栄した。とくに始皇帝は天下を統一する(前221)と、全国の富豪12万戸をここに移住させ、また自分が破った諸侯の宮殿を模倣した宮殿をここに建造して、諸侯の妻妾(さいしょう)たちを住まわせたので、宮殿の数は270に上ったという。さらに始皇帝は、渭河の南岸にも阿房宮(あぼうきゅう)を造営し、閣道(かくどう)を渭河に渡して咸陽の宮殿と連絡させようとしたが、秦が滅びると、咸陽の宮殿、阿房宮ともに項羽(こうう)によって焼き払われた。このとき阿房宮は3か月間にわたり燃え続けたという。現在の市街は明(みん)代からのもので、紡績工業を中心とした新興工業都市となっている。[關尾史郎]

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世界大百科事典内の咸陽の言及

【始皇帝】より

…天下統一によりこれを全域に及ぼしたのである。民間から武器を没収して国都の咸陽に集め,鐘鐻などの楽器や金人を鋳造して宮廷に並べ,また地方都市の城郭を取り除かせた。度量衡を統一して基準の量器を全国に配布し,車軌を一定し,標準となるべき文字(篆書(てんしよ))や貨幣(半両銭)を制定した。…

※「咸陽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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