錫杖院跡(読み)しやくじよういんあと

日本歴史地名大系 「錫杖院跡」の解説

錫杖院跡
しやくじよういんあと

[現在地名]高原町蒲牟田

蒲牟田かまむた地区の南方霧島東きりしまひがし神社脇にあった同社の別当寺門前には祓川はらいがわの集落がある。霧島山華林寺錫杖院といい、東光とうこう坊ともよばれた。真言宗、鹿児島城下大乗だいじよう院末寺。本尊千手観音は大仏工左近法眼作で島津義久が安置したものと伝える。康保三年(九六六)霧島山に入山した性空により建立された六社・六寺の一つで代々天台宗の住持が守っていたが、天永三年(一一一二)二月三日と文暦元年(一二三四)一二月二八日の噴火で寺廟ともに焼失、廃絶した。文明一八年(一四八六)島津忠昌の命により社寺ともに再興され、真言僧円政が住持に任じられて、以後真言宗となる。戦国期当地一帯が伊東氏の支配下に入ると、同氏は池郷民部という修験に当院を任せた。天正四年(一五七六)当地が島津氏の下に入ると池郷民部は当院などを奪おうと謀反を起こしたが、島津氏に誅され、同氏が社司僧徒・社務を管掌した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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