鍋城跡(読み)なべじようあと

日本歴史地名大系 「鍋城跡」の解説

鍋城跡
なべじようあと

[現在地名]多良木町黒肥地 鍋城

黒肥地の丸山くろひじのまるやま集落の東の標高約二〇〇メートルの丘陵地にある中世城跡。地元では「なべんじょう」とも発音する。東を小椎こじい川、西を栖山すやま川に囲まれる。北に向かって大規模な平坦地が広がり、本丸ほんまる二の丸にのまる古城堀こじようぼりの小名が残る。本丸には堀切が、二の丸の郭および大手下に野面積みの石垣がみられる。古城堀にも掘割があり、周辺の竹藪には古井戸が現存する。昭和四七年(一九七二)の発掘調査によって多量の土師質土器、南宋時代の青磁片とともに、建物跡とみられる柱跡や礎石が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む