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鍋沢ワカルパ なべさわ ワカルパ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鍋沢ワカルパ なべさわ-ワカルパ

1863-1913 明治-大正時代のアイヌ文化伝承者。
文久3年1月10日生まれ。日高(北海道)紫雲古津(しうんこつ)の首長ウトムリウクの弟。家は代々ユーカラ伝承者を生んだ家系。大正2年上京して金田一京助のもとに滞在し,「虎杖丸の曲」など14編のユーカラをつたえた。大正2年死去。51歳。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

鍋沢ワカルパ

没年:大正2(1913)
生年:文久3.1.10(1863.2.27)
ユーカラの伝承者。紫雲古津コタンのコタンコロクル(首長)のウトムリウクの弟で,先祖代々,ユーカラ伝承者を輩出した家系に生まれた。金田一京助から「アイヌホメロス」と評された。眼病を患い失明したが記憶力に優れ,遠くの国後や釧路も含めて,数十の家系とそこに伝わるウパシクマ(昔話)を暗記していた。大正2(1913)年,金田一のもとを訪れ,「虎杖丸の曲」「蘆丸の曲」など14編2万行に上るユーカラを語った。これらは金田一『アイヌ叙事詩ユーカラの研究』に収録され,アイヌ文学研究の基礎となった。<参考文献>金田一京助「盲詩人」(『金田一京助随筆選集』1巻)

(竹ヶ原幸朗)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鍋沢ワカルパ
なべざわわかるぱ
(?―1913)

アイヌの詞曲ユーカラや伝説の伝承者。北海道平取(びらとり)町紫雲古津(しうんこつ)出身。その家系には優れた語部(かたりべ)が多く、金田一京助の『北の人』(1942)に詳しく報告されている。1913年(大正2)、金田一家に滞在して伝えたユーカラが「虎杖丸の曲(クツネシリカ)」として原文対訳で発表され、これによって初めてユーカラの全貌(ぜんぼう)が明らかになった。中年から白内障のため目が不自由になったが、当時流行したチフスの祈祷(きとう)を頼まれて熱心に行い、そのために感染して没した。60歳代前半と推定される。[萩中美枝]
『金田一京助著『北の人』(『新装版 世界教養全集21』所収・1974・平凡社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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