チフスは広義には腸チフスtyphoid fever,パラチフスparatyphoid fever,発疹(はつしん)チフスexanthematic typhus(epidemic typhus)の三つを含むが,日本で単にチフスという場合には腸チフスをさすことが多い(ただし英語圏で単にチフスtyphusというときは発疹チフスを意味することが多い)。また前2者は細菌性の感染症であるが,発疹チフスはリケッチア性の感染症であり,両者では症状なども異なる。それで,ここでは症状も似通っている前2者だけを扱い,発疹チフスは別項として扱ったので,その項目を参照されたい。
腸チフスはチフス菌Salmonella typhiによって,パラチフスはパラチフスA菌S.paratyphi AおよびパラチフスB菌S.paratyphi Bによって起こる法定伝染病である。原因菌はいずれもグラム陰性の杆菌で,体の周囲に鞭毛をもち,それで運動する(大きさはチフス菌で長さ2~3μm)。これらの病気は,特異な感染様式と臨床経過をとるためチフス性疾患と呼ばれ,一般に食中毒や急性胃腸炎の病型をとる他のサルモネラ症と区別される。腸チフス,パラチフスは主として消化管のリンパ組織に固有の病変を起こし,特有の熱型,徐脈,バラ疹,脾腫,白血球減少を主要症状とする急性全身感染症である。
腸チフス,パラチフスは昭和の初めから第2次大戦直後まで日本全国で年間5万人以上の発生がみられたが,その後急激な減少を続け,1967年以後300~500人程度に減少している。しかし最近,海外旅行が盛んになるにつれ,外国由来の腸チフス,パラチフスの増加傾向がみられ,腸チフス患者,パラチフス患者の約30%は外国由来の患者で占められている。なお72年にメキシコでクロラムフェニコールその他の薬剤に対する多剤耐性菌による腸チフスの大流行があり,その後インド,タイ,ベトナムでも耐性菌がみられたので,これらの菌の侵入を警戒する必要がある。
腸チフスは経口感染後1~2週で発病するが,前駆症状として全身倦怠,違和感,頭痛,食欲不振,腰痛,四肢関節痛などがあってから突然発熱し発病する。熱型(体温の変動を表した体温曲線の型)は発病から階段上に上昇し,第1週末に体温は最高40℃前後に達し,その後は稽留する(朝夕の体温の差が1℃以内)のが特徴である。第2週で体温は40℃前後に稽留し,神経症状は強く,難聴,意識鈍麻,せん妄状となることもある。第3~4週には体温はしだいに弛張し(朝夕の体温の差が1℃以上になる),徐々に下熱する。近年,抗生物質クロラムフェニコール使用により定型的発熱を示す例が少なくなった。発熱とともに口唇は乾燥し,舌は白苔を帯びるが,しだいに黄白色,黄褐色,黒褐色の舌苔となる。腹部はやや膨満し,多くは便秘を呈す。極期には肝臓,脾臓の腫張をみる。顔貌は無欲状を示し,いわゆるチフス顔貌となる。バラ疹roseolaは発病後10日前後に胸腹部にみられるが,これは径2~3mm程度の淡紅色の小丘疹で,指圧により消退する。バラ疹,脾腫,比較的徐脈(高熱のわりに脈拍数が少ないこと)がチフスの3症状といわれる。
胃を通過して腸管に達したチフス菌は,回腸下部のパイエル板および孤立リンパろ(濾)胞内で増殖して初期の病巣をつくり,リンパ行性に血中に入り菌血症を起こす。血流中から肝臓,脾臓,骨髄その他のリンパ節などの網内系に入って増殖する。また胆道系へ感染し,骨,皮膚などに転移病巣をつくる。合併症として腸出血,腸穿孔(せんこう),急性胃拡張,急性心臓衰弱などに注意を払わねばならない。以上の症状は腸チフスについてであるが,パラチフスの場合は,腸チフスよりも急激でなく軽症で,熱型も弛張熱型をとるものが多い。
クロラムフェニコールの出現以来,腸チフス,パラチフスに対する治療効果は著しく向上したが,合併症等を考慮して熱のある間は絶対安静が肝要である。また胆道系保菌者が多くみられ,ほとんどが胆石症を合併しているが,これは中高年層の女子に多い。
→サルモネラ症
執筆者:橋本 博
腸チフスは,赤痢と同じように,非衛生な水と,ふつうイエバエによって食物に運ばれる細菌とに原因があるので,飢饉や戦争など不潔な状態が多くなる機会に発生しやすい。古代エジプトの医学パピルスにすでに現れており,《ヒッポクラテス集典》にも記述がみられるが,近代までは赤痢,発疹チフス,食中毒その他の伝染病と混同されてきた。中世のヨーロッパでは赤痢とともに風土病のように広がり,とくに貧民地区や軍隊に流行した。アメリカの南北戦争(1861-65)では腸チフスで4万人近い連邦軍兵士が死亡し,ボーア戦争(1899-1902)では5万人以上のイギリス軍兵士が腸チフスにかかり,うち8000人が死亡したといわれる。
中国の医書に,〈傷寒(しようかん)〉または〈温疫(うんえき)〉と総称される急性の熱性伝染病には腸チフスも含まれていたと思われ,また日本で飢饉のときに必ず流行する疫癘(えきれい)とか時疫(じえき)と呼ばれた流行病には腸チフスがあったと思われる。江戸時代には飢饉のたびに大量の死者を算したが,餓死と疫死と分けて記録されることが多く,ときには疫死者のほうが上回ることがあった。こうした飢饉に結びつく疫病は,発疹チフス,赤痢,感冒の併発とともに,腸チフスが主症と考えられる。明治になってもコレラ,赤痢が流行する年は必ず腸チフスも流行した。日露戦争(1904-05)のときの病死者2万1802人のうち,5877人は腸チフスと赤痢の死者であった。
執筆者:立川 昭二
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俗にチブスともいい、日本では腸チフスのことをさし、窒扶斯と書かれたこともある。英語ではタイファスと発音し、発疹(はっしん)チフスをさし、腸チフスはタイフォイドtyphoidとよばれる。語源は「ぼんやりした」という意味のギリシア語typhosに由来し、高熱によって患者の精神状態がぼんやりしているということから臨床的に命名されたものであり、当初は腸チフスも発疹チフスも含まれていた。
[柳下徳雄]
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…発病後2~6日の間に,特有の発疹が出現する。発疹は紅色斑状で四肢から始まり,全身に広がるが,これはチフスの発疹と逆である。やがて丘疹,点状出血斑を呈し融合し,ときに痂皮(かひ)(かさぶた)を有する潰瘍となる。…
※「チフス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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