鍛治川(読み)かじがわ

日本歴史地名大系 「鍛治川」の解説

鍛治川
かじがわ

射水いみず丘陵の東北部に発し、射水平野東部の悪水を集めながらほぼ北流し、放生津ほうじようづ潟に注いだ。近世以来の流路付替えや、昭和三〇年代の射水農業水利事業により現在は新堀しんぼり(流路延長五・九八キロ)支流となり、鍛治川(同七・五キロ)のほか新鍛治川(同三・八六キロ)もある。いずれも二級河川。川名は富山市中老田の乗福なかおいだのじようふく寺創建時、仏具を作るのに上流鉱床を採掘させたところ、流域鍛冶屋が多数できたことによるという(「乗福寺縁起」乗福寺文書)。本来鍛冶川と記したが、誤字が定着して現在に及んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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