長島新田
ながしましんでん
[現在地名]紫雲寺町長島
小川新田の北に接し、集落は北陸道沿いにある。享保二〇年(一七三五)初検地の紫雲寺潟新田の一村で、後願人猿橋村(現新発田市)半之丞の請地。庄屋は初め半之丞家が勤めたが、のち中野新田の庄屋次五右衛門家が兼帯した。元文元年(一七三六)の検地帳(伊東次郎太氏蔵)によれば高二九六石三斗余・反別二六町三反余、ほかに除地として秣場一反余・荒砂場一反余などがあり、総反別は二六町八反余。
長島新田
ながしましんでん
[現在地名]黒磯市下厚崎
北・東は入会原野大輪地原、南は下大塚新田、西は下厚崎村。元禄郷帳に村名のみえる新田村で幕府領。万治元年(一六五八)幕府の新田開発事業の一環として那珂川上流岩崎村から長島堀(岩崎堀)が開かれたことにより、下厚崎村南東部に成立した(「那須野略誌」西那須野町教育委員会蔵)。長島堀の水を利用したが、同堀が一八年後に廃堀となり、堀に依存する水田は畑や原野になった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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