長瀬村利七(読み)ながせむら りしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長瀬村利七」の解説

長瀬村利七 ながせむら-りしち

1824-1869 幕末漂流民。
文政7年生まれ。嘉永(かえい)3年樽廻船(たるかいせん)永力丸にのりくみ,江戸から大坂への帰途,暴風雨にあって太平洋を漂流。浜田彦蔵(ジョセフ=ヒコ)らとアメリカ船に救助され,7年清(しん)(中国)経由で帰国。因幡(いなば)鳥取藩の藩校尚徳館の仕人(用務員)となり,佐伯文太と名のらされた。明治2年7月26日死去。46歳。伯耆(ほうき)(鳥取県)出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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