日下誠(読み)くさかまこと

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日下誠
くさかまこと

[生]明和1(1764).江戸
[没]天保10(1839).6.3. 江戸
江戸時代後期の和算家。通称を貞八郎といい,字は敬祖,号は五瀬。安島直円の門に入り,関流の皆伝を受け,関孝和,松永良弼山路主住,安島らの武士の身分の出身とは違い,町人出身で関流宗統5伝の位についた。麻布の日下窪に塾を開き,門下から他に例をみないほど多数のすぐれた数学者を輩出した。和田寧内田五観長谷川寛白石長忠御粥安本大原利明小出兼政ら,いずれも和算末期に重きをなした数学者であった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

日下誠 くさか-まこと

1764-1839 江戸時代後期の和算家。
明和元年生まれ。江戸の人。寛永寺の寺侍。安島直円(あじま-なおのぶ)に関流をまなぶ。麻布(あざぶ)日窪(ひがくぼ)に家塾をひらいて,内田五観(いつみ),長谷川寛らの和算家をそだてた。天保(てんぽう)10年6月3日死去。76歳。通称は貞八郎。号は五瀬(ごらい)。初名は鈴木誠政

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精選版 日本国語大辞典の解説

くさか‐まこと【日下誠】

江戸後期の数学者。関流第五伝。初名鈴木誠政。通称貞八郎。号五瀬。東叡山寛永寺の寺侍の出で安島直円(あじまなおのぶ)の高弟。江戸麻布の日下窪(ひがくぼ)に家塾を開き、門下から和田寧、内田五観、長谷川寛などの俊才を出した。明和元~天保一〇年(一七六四‐一八三九

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世界大百科事典内の日下誠の言及

【和算】より

…また,この当時は,江戸初期から始まった算額奉掲(さんがくほうけい)がもっとも盛んな時期で,算額が掲げられた社寺の絵馬殿が学会発表の様相を呈した。
[幕末の和算]
 安島直円の弟子日下(くさか)誠(1764‐1839)は,多くの数学者を育てた。和田寧(1787‐1840),長谷川寛(1782‐1838),内田五観(1805‐82)らである。…

※「日下誠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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