間新田(読み)あいしんでん

日本歴史地名大系 「間新田」の解説

間新田
あいしんでん

[現在地名]篠山市今田町間新田

木津(こつ)村の東に位置する。「多紀郡明細記」に「立杭木津村之間木村勘兵衛新開場」高一一石余とあるのが当地で、同書によれば、篠山城下の商人勘兵衛が両村間の荒地の開発を出願、のち大山宮(おおやまみや)村の園田庄十左衛門の引請けとなったりして文政六年(一八二三)に免状が分けられたものの、両村境目が判然とせず村立てに至らなかった。当時の家数八軒は木津村・釜屋(かまや)村の者で、釜屋の者は陶器職を行い、木津村・立杭(たちくい)村・釜屋村では当地の陶器白土を採るので米五斗ずつを冥加米として上納していた。


間新田
あいしんでん

[現在地名]小松島市間新田町

坂野(さかの)村の北に位置し、東部は海に面する。近世は那賀(なか)郡のうち。天和二年(一六八二)の富田藩領地方帳に「坂野和田島間新田」とみえ、高二〇七石余が同藩領で、請四ツ、物成八二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む