関川関所跡(読み)せきがわせきしよあと

日本歴史地名大系 「関川関所跡」の解説

関川関所跡
せきがわせきしよあと

[現在地名]妙高高原町関川

長野県側から国道一八号が関川橋を渡った地点の脇にある。天保九年(一八三八)の御巡見案内帳(名香山村史)によれば、建物は五間に二間半で、詰長屋二軒も同じ大きさ。高田藩士の上番二人、百姓の人見女一人、上番所属の足軽数人が置かれ、その下に小頭一人、郷足軽九人がいた。信越国境を扼する重要な地点のため、古くから関所が置かれていたと思われる。承応二年(一六五三)松平光長が口留番所を置き、元禄一〇年(一六九七)には江戸幕府により本関に指定された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む