関輝蕚(読み)せき きがく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関輝蕚」の解説

関輝蕚 せき-きがく

1772-1812 江戸時代後期の和算家
安永元年生まれ。信濃(しなの)(長野県)小諸の人。江戸で関流神谷定令(かみや-ていれい)にまなぶ。善光寺算額を奉納するなど同地方で活動。門人上田藩につかえた竹内武信(ぶしん)らがいる。文化9年2月10日死去。41歳。字(あざな)は子華。通称は五太夫。著作に「交等円累円術」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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