阿村(読み)あむら

日本歴史地名大系 「阿村」の解説

阿村
あむら

[現在地名]松島町阿村

上(かみ)島の北東端に位置し、標高一〇〇メートル級の高舞登(たかぶと)山・阿岳・苓東(れいとう)山によって東・西・南を囲まれ、北は阿村港を隔てて大矢野(おおやの)島と相対している。寛永一四年(一六三七)の天草・島原の乱には村民のほとんどが一揆に加わり、同年一一月六日の天草にて切支丹に立帰申候村々覚(細川家記)に「此村之内仏を持ち候者両人有之候、是は其儘居申候由、其外は皆切支丹に成申候由」とある。庄屋弥兵衛は乱時、宇土(うと)郡郡浦(こおのうら)(現三角町)に逃れた。乱後大矢野組に属し、庄屋は太田家。


阿村
あむら

[現在地名]守山市阿村町

伊勢(いせ)村の東に位置。安村とも記した。もとは蜂屋(はちや)村(現栗太郡栗東町)と一村をなしていたという。寛永石高帳では高三三四石余。正保郷帳によれば越後三条藩領。反別は田三二七石余・畑六石余(慶安高辻帳)。元禄郷帳では旗本酒井領・三上藩領の相給。天明村高帳では高三三二石余のうち一五石余が旗本酒井領、三一九石余が三上藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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