改訂新版 世界大百科事典 「阿闍世コンプレクス」の意味・わかりやすい解説
阿闍世コンプレクス (あじゃせコンプレクス)
Ajase complex
無意識心理に関する精神分析的概念。古沢(こざわ)平作によって提起された。1932年,彼はS.フロイトに《罪悪意識の二種》と題する論文を提出し,その中で〈エディプスの欲望の中心をなすものは,母に対する愛のために父を殺害するところにある。阿闍世の父の殺害は,けっして母に対する愛欲にその源を発しているのではない。……むしろ自己の生命の本源たる母が自己を裏切ったとの阿闍世の怒りに発している。実際分析上,母を愛するゆえに父を殺害せんとする欲望傾向のほかに,生命の本源たる母自身の側の愛欲によって裏切られ,母を殺害せんとする傾向を示す精神病者がある〉とのべて,母親に内在する女としての愛欲によって裏切られ見捨てられる子どもの不安と敵意,その敵意ゆえに処罰される恐怖を中心として発展する観念複合体を,阿闍世コンプレクスと名付けた。この名称は,〈生まれる子は父親を殺す大罪人となる〉という仙人の予言を恐れた母妃が,わざと高い塔の上から自分を生み落として殺そうとしたのを知って,父王を殺害し,母をも殺そうとしたインドの王子アジャータシャトルの名に由来している。なお古沢は,父によって処罰される恐怖が内在化して生ずる,エディプス・コンプレクスにおける罪の意識を〈罪悪感〉と名付け,母に対して敵意を抱いたにもかかわらず,処罰されるどころか逆に母の愛によって許されてしまった時に生ずる罪意識を〈懺悔心〉と呼んで,罪悪意識を区別した。
執筆者:馬場 謙一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報