改訂新版 世界大百科事典 「陸隴其」の意味・わかりやすい解説
陸隴其 (りくろうき)
Lù Lǒng qí
生没年:1630-92
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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中国、清(しん)代初期の学者。字(あざな)は稼書(かしょ)。平湖(浙江(せっこう)省)の人。知県と監察御史(ぎょし)の官を歴任、職務に熱心な硬骨漢で、康煕(こうき)帝の信任を受けた。また醇正篤実(じゅんせいとくじつ)な朱子学者で、清代の儒学者のなかではもっとも早く孔子廟(こうしびょう)に従祀(じゅうし)され、清献と諡(おくりな)された。書斎の名を三魚堂と称した。著書に『三魚堂四書大全』『戦国策去毒』『問学録』『松陽講義』『読朱随筆』『三魚堂日記』『三魚堂文集』その他があり、清末にこれらの著作を集めて『陸子全書』が刊刻された。
[山井 湧 2016年3月18日]
『山井湧訳注『陸稼書』(『朱子学大系11 朱子の後継 下』所収・1978・明徳出版社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…それだけに守旧派の反感は強かったが,特に朱子学者の組織的反論が社会的に顕在化するのは17世紀に入ってからである。明・清鼎革の後には,朱子学者の王学左派批判の大合唱が展開され,その論陣の雄であった朱子学者陸隴其(りくろうき)などは,明王朝は実は王学左派のために滅びたとまで酷評した。王学左派の本領が,歴史の展開の中に位置づけて理解されたのはごく最近のことである。…
※「陸隴其」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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