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陸隴其 りくろうき Lu Long-qi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

陸隴其
りくろうき
Lu Long-qi

[生]天聡4(1630)
[没]康煕31(1692)
中国,清の儒者。浙江省平湖の人。字は稼書。官は四川道監察御史にいたり,善政をうたわれた。没後孔子廟に従祀され,内閣学士兼礼部侍郎を追贈された。純然たる朱子学者で,「居敬窮理」を根本とし,陽明学を批判したため,清初における朱子学の正統といわれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

りくろうき【陸隴其 Lù Lŏng qí】

1630‐92
中国,清代初めの学者。字は稼書。浙江省平湖県の人。康熙9年(1670)の進士。嘉定,霊寿などの知県,四川道監察御史の官についた。その学問は,清初になお深い影響をとどめていた王守仁(陽明)の学(陽明学)に対して,立教の根本において誤っていると批判し,もっぱら程朱の学(朱子学)を尊び,その居敬窮理()を旨とし,朱子の〈人人おのおの太極(理)あり〉という説を発揚することにつとめた。その著に《困勉録》《松陽講義》《三魚堂文集》がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

陸隴其
りくろうき
(1630―1692)

中国、清(しん)代初期の学者。字(あざな)は稼書(かしょ)。平湖(浙江(せっこう)省)の人。知県と監察御史(ぎょし)の官を歴任、職務に熱心な硬骨漢で、康煕(こうき)帝の信任を受けた。また醇正篤実(じゅんせいとくじつ)な朱子学者で、清代の儒学者のなかではもっとも早く孔子廟(こうしびょう)に従祀(じゅうし)され、清献と諡(おくりな)された。書斎の名を三魚堂と称した。著書に『三魚堂四書大全』『戦国策去毒』『問学録』『松陽講義』『読朱随筆』『三魚堂日記』『三魚堂文集』その他があり、清末にこれらの著作を集めて『陸子全書』が刊刻された。[山井 湧]
『山井湧訳注『陸稼書』(『朱子学大系11 朱子の後継 下』所収・1978・明徳出版社)』

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世界大百科事典内の陸隴其の言及

【王学左派】より

…それだけに守旧派の反感は強かったが,特に朱子学者の組織的反論が社会的に顕在化するのは17世紀に入ってからである。明・清鼎革の後には,朱子学者の王学左派批判の大合唱が展開され,その論陣の雄であった朱子学者陸隴其(りくろうき)などは,明王朝は実は王学左派のために滅びたとまで酷評した。王学左派の本領が,歴史の展開の中に位置づけて理解されたのはごく最近のことである。…

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