雁金山城跡(読み)かりがねやまじようあと

日本歴史地名大系 「雁金山城跡」の解説

雁金山城跡
かりがねやまじようあと

[現在地名]鳥取市湯所町一丁目

久松きゆうしよう山の北西愛宕あたご(一三六メートル)の山頂にある戦国期の城跡。天正九年(一五八一)羽柴秀吉の鳥取城攻めの時、久松山の本城丸山まるやま出城の中間の備えとして築かれた出城で、吉川方の塩冶(塩屋)周防守が守ったという。山の尾根続きを雁金尾かりがねおと称し、「因幡民談記」には雁金尾の城と記される。県立図書館蔵の「旧塁鑿覧」によれば、山下ふくろ川の下流御乗場おのりばの向いにある畑地を雁金と称することから、古くは愛宕社のある山の下辺りも「カリガネ」と称し、やがて同山の名も雁金となったともいう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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