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雨田光平 あまだ こうへい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

雨田光平 あまだ-こうへい

1893-1985 昭和時代の箏曲(そうきょく)家,彫刻家。
明治26年2月1日生まれ。東京美術学校(現東京芸大)彫刻科在学中に箏曲京極流の鈴木鼓村に入門。卒業後アメリカ,フランスハープ,彫刻をまなぶ。昭和6年京極流2代目をつぐ。戦後は郷里の福井県で活動した。昭和60年11月14日死去。92歳。本名は外次郎。作品に「母と子」「岡倉天心像」など。

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世界大百科事典内の雨田光平の言及

【京極流】より

…ただし,鼓村は京都に伝承される生田流をも伝え,その古典の伝承にとくに改革を試みたわけではない。鼓村の高弟の雨田光平(1893‐1985)はその伝承者として知られた。【平野 健次】。…

【鈴木鼓村】より

…特異な存在で,文人たちの間に人気があったが,大正中期に再び京都に戻ってからはしだいに衰微。彫刻家でフランスでハープを学んだ雨田光平(1893‐1985)が後を継いでいる。代表作に史曲《静(しずか)》《橋媛(はしひめ)》《厳島詣(いつくしまもうで)》(以上高安月郊作詞),雅楽風小曲《紅梅》,童曲《雁と燕》《狐の嫁入》(以上薄田泣菫作詞)などある。…

※「雨田光平」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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