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鈴木鼓村 すずき こそん

美術人名辞典の解説

鈴木鼓村

箏曲京極流の始祖・作曲家・画家。宮城県生。名は卯作、映雄。別名は那智俊宣。新様式の箏曲「静御前」「厳島詣」等がある。日本音楽史の研究家でもあった。昭和6年(1931)歿、57才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鈴木鼓村 すずき-こそん

1875-1931 明治-昭和時代前期の箏曲(そうきょく)家,日本画家。
明治8年9月9日生まれ。陸軍時代に箏曲,洋楽をまなぶ。高安月郊,与謝野(よさの)鉄幹夫妻らと交流し,新体詩に作曲して新箏曲を提唱,京極流を名のる。日本音楽史にくわしく,晩年は大和絵古土佐に専念。昭和6年3月12日死去。57歳。宮城県出身。本名は映雄(てるお)。別号に那智俊宣(なち-としのぶ)。著作に「日本音楽の話」,作曲に「紅梅」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

すずきこそん【鈴木鼓村】

1875‐1931(明治8‐昭和6)
箏曲家。京極流の創始者。本名映雄(てるお),後名那智俊宣(としのぶ)。宮城県出身。九州系の山下検校(1848‐1918)や東京華族女学校の高野茂(1846‐1929)に生田流箏曲,野田聴松に筑紫箏を学ぶ。日清戦争従軍後,京都府立第二中学の教員をしながら箏曲教授や作曲をする。新体詩人の薄田泣菫与謝野晶子北原白秋らと交流し,彼らの詩に新形式の歌を作曲。また童曲や史曲(歴史的題材の曲)も作曲し,のちの新日本音楽運動の先駆となる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鈴木鼓村
すずきこそん

[生]1875. 宮城
[没]1931.3.12. 京都
箏曲家,作曲家。京極流の創始者。本名映雄 (てるお) ,別名那智俊宣。幼少から母に箏曲を学び,のち華族女学校の箏曲教師高野茂らに生田流箏曲を学んだ。明治後期に,高安月郊,薄田泣菫,蒲原有明,与謝野晶子,北原白秋らの新体詩を用いて新様式の箏曲を作り,京極流を樹立した。代表的作品に『厳島詣』『紅梅』などがあり,『日本音楽史』その他の著作もある。

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世界大百科事典内の鈴木鼓村の言及

【京極流】より

…箏曲の流儀名。1901年鈴木鼓村(こそん)が創始したもの。鼓村は大阪の明治新曲運動とはやや異質ではあるが,三味線に従属しない純粋の箏曲を目ざし,史曲,小品,雑曲,童曲,舞曲,劇曲などと分類した文芸的に高踏的な詞章による箏の弾き歌いの作品を数多く作曲し新流を称した。…

※「鈴木鼓村」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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