霊岳法穆(読み)れいがく ほうぼく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「霊岳法穆」の解説

霊岳法穆 れいがく-ほうぼく

1289-1362* 鎌倉-南北朝時代の僧。
正応(しょうおう)2年生まれ。臨済(りんざい)宗。一山一寧(いっさん-いちねい),清拙正澄(せいせつ-しょうちょう),明極楚俊(みんき-そしゅん)にまなび,乾峰士曇(けんぽう-しどん)の法をつぐ。備中(びっちゅう)(岡山県)信蔵寺をへて呑海寺をひらいた。康安元=正平(しょうへい)16年12月13日死去。73歳。備中出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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