鎌倉末期に来日した臨済(りんざい)宗の僧。中国、慶元府(けいげんふ)(浙江(せっこう)省)の人。俗姓は黄(こう)氏。霊隠寺(りんにんじ)の虎岩浄伏(こがんじょうふく)の法を嗣(つ)ぎ、諸寺を歴住したのち、招かれて1330年(元徳2)竺仙梵僊(じくせんぼんせん)を伴って来朝した。後醍醐(ごだいご)天皇に宗要を問われて説き、仏日燄慧禅師(ぶつにちえんえぜんじ)の号を賜った。北条高時(ほうじょうたかとき)に請われて建長寺に住したが、勅により南禅寺を経て建仁寺へ移った。また摂津(兵庫県)広厳寺(こうごんじ)の開山となる。1336年(延元1・建武3)9月27日、建仁寺の方丈で示寂。著に『明極楚俊和尚(わじょう)語録』がある。
[中尾良信 2017年4月18日]
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…当時,中国には笑隠大訢(しよういんたいきん)という禅僧が出て,禅四六の作法を一定し,これを〈蒲室疏法(ほしつそほう)〉と称したが,中巌円月,絶海中津はこの法を体得した。またこの時代には,清拙正澄(せいせつしようちよう),明極楚俊(みんきそしゆん),竺仙梵僊(じくせんぼんせん)など,中国僧の来朝があり,これらの人の作品は,正真正銘の“漢”文だったので,五山文学中とくに光彩を放った。その後義堂周信,絶海中津も和様に流れることきわめて少なかった。…
※「明極楚俊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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