コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

靉嘔 あいおう

3件 の用語解説(靉嘔の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

靉嘔【あいおう】

美術家。茨城県生れ。本名飯島孝雄。東京教育大卒。1952年瑛九主宰のデモクラート美術家協会に参加,活動を始める。1958年渡米,1962年フルクサスの活動に参加。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

靉嘔 あいおう

1931- 昭和後期-平成時代の美術家。
昭和6年5月19日生まれ。東京教育大在学中から瑛九(えいきゅう)らのデモクラート展に出品。昭和33年渡米し,フルクサスに参加。44年ジャパン-アート-フェスティバル最優秀賞のほか,海外展でもおおくの賞を受賞。虹色で構成した版画・絵で知られ,オブジェ,イベントなどの芸術活動も展開する。茨城県出身。本名は飯島孝雄。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

靉嘔
あいおう
(1931― )

洋画家。茨城県行方(なめがた)郡玉造(たまつくり)町(現行方市)に生まれる。本名飯島孝雄。1954年(昭和29)東京教育大学芸術学科を卒業。在学中からデモクラート美術家協会展に出品、のち池田満寿夫(ますお)らとグループ「実在者」を結成する。当初は油彩画を手がけていたが、初の個展を開催した1955年ころからエッチング、リトグラフの版画に専心する。1958年からニューヨークに住み、フルクサス・グループに参加。1963年の個展で虹(にじ)のスペクトル色彩を用いた作品を発表。1965年からはシルクスクリーン作品を手がけ、翌年のベネチア・ビエンナーレ展の出品により「虹の画家」として高い評価を確立する。1970年の東京国際版画ビエンナーレ展で東京国立近代美術館賞を、1971年のサン・パウロ・ビエンナーレ展でブラジル銀行賞を受けるなど、海外での受賞も多い。1990年(平成2)日本芸術大賞受賞。1995年紫綬褒章(しじゅほうしょう)受章。人間像をはじめ、多くの事物をモチーフに、それらをいずれも虹のスペクトルのうちに表現するスタイルを一貫させている。[小倉忠夫・柳沢秀行]
『『AY-O』(1974・南天子画廊) ▽久保貞次郎編『虹――靉嘔版画全作品集1954―1979』増補版(1982・叢文社) ▽『虹・虹――靉嘔版画全作品集1982―2000』(2000・阿部出版) ▽長谷川公之著『現代版画――イメージの追跡』(1987・美術出版社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

靉嘔の関連キーワード河口竜夫菊畑茂久馬菅木志雄池上忠治乾由明小川正隆瀬木慎一田中穣中山公男平田寛(2)

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

靉嘔の関連情報