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青木信光 あおき のぶみつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

青木信光 あおき-のぶみつ

1869-1949 明治-昭和時代前期の政治家。
明治2年9月20日生まれ。中山信徴(のぶあき)の4男。摂津麻田藩(大阪府)藩主青木重義の養子となり,子爵をつぐ。明治30年から昭和21年まで貴族院議員をつとめ,最大会派研究会の幹部として活躍。日本銀行監事。昭和24年12月27日死去。81歳。常陸(ひたち)(茨城県)出身。東京法学院(現中央大)卒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の青木信光の言及

【研究会】より

…当初は政党勢力の勢力拡大にもっとも敵対的で,1898年の憲政党内閣や1900年成立の第4次伊藤博文政友会内閣の打倒に力を尽くし,山県有朋閥の貴族院の拠点の一つであった。しかし大正初年の第1次山本権兵衛内閣のころから山県閥のもう一つの拠点である幸俱楽部との間に亀裂が生じはじめ,寺内正毅内閣のころから貴族院全体の指導勢力をめざす〈大研究会〉構想を掲げる水野直,青木信光ら若手幹部の動きが活発になり,原敬内閣の下で準与党となって山県閥の支配を脱して政友会と提携した。24年1月に成立した清浦奎吾内閣は研究会を第1与党としたもので,同会の政界における絶頂期であった。…

※「青木信光」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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