青野木村(読み)あおのきむら

日本歴史地名大系 「青野木村」の解説

青野木村
あおのきむら

[現在地名]金津町青(あお)ノ木(き)

加越山地の谷間に発達した集落で、「大乗院寺社雑事記」文明二年(一四七〇)七月一四日条に「河口庄郷々内村名」として細呂宜(ほそろぎ)郷内の一村に「青木村」が記される。

当村を流れる宮谷(みやだに)川は竹田(たけだ)川に流れ込むが、水はけが悪く、田畑が水浸しになることも多かったこと、付近の村に比べて持山が少なかったこと、また享保二〇年(一七三五)の大火などにより、江戸時代には困窮を極めたようで、宝暦一〇年(一七六〇)の当村より東長田代官所宛の歎願書(佐藤家文書)によると、享保年間には村高の半分にも相当する三〇〇石ほどの高を隣村へ移譲している。文化四年(一八〇七)・同一五年の宗門人別御改帳(細川家文書)によると、それぞれ二二〇石・一二〇石を隣村の者が所持していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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