順徳上皇真野御火葬塚(読み)じゆんとくじようこうまのごかそうづか

日本歴史地名大系 「順徳上皇真野御火葬塚」の解説

順徳上皇真野御火葬塚
じゆんとくじようこうまのごかそうづか

[現在地名]真野町真野 林

真野宮脇の坂道を東側の台地に上がると、約二〇〇メートルほどでたどり着く。一般には真野御陵とよばれる。仁治三年(一二四二)九月一二日、順徳上皇崩御に際し、この辺りで火葬して灰を集めて塚を築いたといわれる。外郭方五〇間・内郭方八間の区画で、内部の周囲は石墻によって閉ざされ中に入ることはできない。中央部の小高い盛土の上に一本の松が植えられている。以前の松が枯れたため、弘化三年(一八四六)植えかえられたという。文明一四年(一四八二)の書と伝える「真野山皇陵記」(真野宮蔵)によると、池蔵人が御陵地を定めようと天に向かって矢を射るとこの地に落ち、ここに遺骨を納めたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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