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飯尾為種 いのお ためたね

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

飯尾為種 いのお-ためたね

?-1458 室町時代の幕府官僚。
飯尾為数(ためかず)・之種(ゆきたね)の父。応永31年(1424)室町幕府の奉行人となる。山門奉行のとき,山門領を押領したとして延暦寺(えんりゃくじ)衆徒の強訴をうけ,尾張(おわり)にかくれた。まもなく復帰,神宮開闔(かいこう)・八幡(はちまん)奉行などをへて,奉行衆最上位の公人(くにん)奉行をつとめ,評定衆に列した。長禄(ちょうろく)2年5月20日死去。通称は肥前入道。法名は永祥。著作に「撮壌集(さつじょうしゅう)」。姓は「いいお」「いいのお」ともよむ。

飯尾為種 いいのお-ためたね

いのお-ためたね

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

飯尾為種

没年:長禄2.5.20(1458.6.30)
生年:生年不詳
室町幕府の法曹官僚。正長1(1428)年の奉書に加判していることから,足利義教の初政か同義持の晩年に奉行人に登用されたものと推定される。義教の治政下に山門奉行として権勢を振るい,山徒(光聚院)猷秀,近習赤松満政らと並んで山門衆徒に弾劾され,永享5(1433)年閏7月,尾張に流罪となった。しかし程なく復帰,公人奉行,神宮開闔に就任するほか,八幡,南都,関東,加茂,祇園,北野など有力寺社の別奉行を歴任し,幕府の裁許に絶大な力を振るった。嘉吉の変(1441)で将軍義教が暗殺されると入道して永祥と称したが,訴訟は引き続き担当,康正1(1455)年までは奉書に加判している。子息に為数,之種がいる。

(今谷明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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