飯島宿(読み)いいじまじゆく

日本歴史地名大系 「飯島宿」の解説

飯島宿
いいじまじゆく

[現在地名]飯島町大字飯島

伊那往還の宿駅で、南の片桐(かたぎり)宿(現下伊那郡松川(まつかわ)町)より与田切(よたぎり)川を越えて二里、北は中田切(なかたぎり)川を越えて上穂(うわぶ)宿(現駒ヶ根(こまがね)市)へ一里三〇町であった。

元文六年(一七四一)成立の「信州伊奈郡郷村鑑」によれば「飯島町 伝馬宿ニ而、文禄二年本郷之上村より町屋ヲ引、石曾根之内ニ移タルト見タリ」とある。これは今まで街道は天竜川沿いにあり、飯島宿は本郷(ほんごう)城東下に、南の片桐宿は田島平(たじまだいら)(現中川(なかがわ)村)にあったのを、飯田城主京極高知の街道改めによって段丘上の西へ街道と宿駅を新設したもので、飯島宿は本郷の下の段から与田切川を越えて石曾根(いしぞね)村の中央へ新設されたわけである。

文禄二年(一五九三)一一月一九日の京極高知定書(宮下文書)によれば、

<資料は省略されています>

とあり、新しい飯島宿が始まっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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