飯田節(読み)いいだ せつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「飯田節」の解説

飯田節 いいだ-せつ

1837-1867 幕末武士
天保(てんぽう)8年生まれ。丹波福知山藩(京都府)家老。江戸で林鶯渓(おうけい)にまなぶ。藩政改革案を建議して一時幽閉されたが復職,洋式兵制の採用などにつくした。勤王をとなえ,慶応3年10月22日京都円山で勤王派の会合帰途,薩摩(さつま)藩士と誤認され幕吏に殺された。31歳。名は高節。通称は別に鉤太郎。号は篤斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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