高外木城跡(読み)たかとぎじようあと

日本歴史地名大系 「高外木城跡」の解説

高外木城跡
たかとぎじようあと

[現在地名]西条市洲之内

加茂(かも)川西岸洲之内(すのうち)南東の標高二三三メートルの高峠(たかとう)山上にある中世の山城跡。城は東西一六間、南北一五間の本丸、二―七間の幅で本丸を取り巻く二の丸、本丸の北東に東西一八間、南北一五間の御馬台、その東に空堀に続き東西六間、南北九間の平地、の四つの平面からなっていた。山麓に城主の居館である西之館・東之館があった(→土居構跡)。

南北朝頃、河野氏が東予地方支配の拠点として築城し、讃岐細川氏の進攻阻止の役割をもっていたが、永徳元年(一三八一)河野・細川両氏の和議成立後、細川領となった宇摩(うま)・新居(にい)両郡支配の拠点となり、やがて細川氏の部将石川氏代々が城主となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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