高室村(読み)たかむろむら

日本歴史地名大系 「高室村」の解説

高室村
たかむろむら

[現在地名]甲府市高室町、中巨摩郡玉穂(たまほ)町中楯(なかだて)

宮原(みやばら)村の南にあり、東は渋(しぶ)川(現鎌田川)を挟んで堀之内(ほりのうち)村、西は鎌田川(現渋川)を挟んで中楯村。慶長六年(一六〇一)の高室村検地帳(県立図書館蔵)では田六町五反余・畑八町余、永荒地二町五反余・屋敷七反余。慶長古高帳では高二〇四石余。文禄―慶長期(一五九二―一六一五)のものと推定される四郡高〆控では高二〇五石余。貞享二年(一六八五)の検地帳(県立図書館蔵)では高二八七石余、反別は田一三町三反余・畑七町七反余、屋敷一町一反余。享保九年(一七二四)以後の代官支配は、判明分は円満寺(えんまんじ)村と同じ。


高室村
たかむろむら

[現在地名]遠野市土渕町山口(つちぶちちようやまぐち)

権現(ごんげん)山(九七〇・二メートル)の西麓、小烏瀬(こがらせ)川の支流山口川流域に位置し、北から東は山口村、西は柏崎(かしわざき)村。高室は上に広がる平地を意味するアイヌ語という(遠野方言誌)。寛永四年(一六二七)の南部利直知行宛行状(三翁昔語)によれば、高室村の高二八石余が八戸弥六郎直義(遠野南部氏)知行地となった。元禄十郡郷帳には山口村に入ると記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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