高市郷(読み)たけちごう

日本歴史地名大系 「高市郷」の解説

高市郷
たけちごう

和名抄」高山寺本・東急本ともに「高市」と記すが訓を付さない。「日本地理志料」は康正二年造内裏段銭并国役引付に「備後国神石郡高光郷」とあることにより、現神石じんせき町の大部分にあたる高光たかみつ相渡あいど古川ふるかわ福永ふくながまき草木くさぎ永野ながのと現油木ゆき町油木の地域に比定する。


高市郷
たけちごう

「和名抄」高山寺本・流布本ともに「高市」と記し、高山寺本は「多計知」、流布本は「多希知」と訓ずる。今治いまばり平野南部、頓田とんだ川左岸の標高一〇メートル前後の平地で、現今治上徳かみとく松木まつぎ高市たかいちの辺りに比定され、全域に条里制遺構がみられる。


高市郷
たけちごう

「和名抄」に「高市」と記され、訓を欠く。「常陸国風土記」久慈郡の項に「謂はゆる高市、此より東北のかた二里に密筑みつきの里あり」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む