東北(読み)トウホク

  • とうぼく
  • ひがしきた
  • トンペー
  • 東北 Dōng běi

デジタル大辞泉の解説

《古くは「とうぼく」か》東と北との中間の方角。北東。うしとら。
東北地方」の
謡曲。三番目物旅僧が都の東院で梅を眺めていると、昔この梅を植えてめでていた和泉式部が現れ、当時のようすを語る。
東と北との中間方角。とうほく。
《「東北」の中国語読み》東北大学俗称

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世界大百科事典 第2版の解説

中国の大地域の一つ。東北部にある遼寧吉林,黒竜江3省の総称。かつて清王朝をつくった満州族の故地にあたるので,満州と呼ばれたこともある。清代には封禁の地とされ,漢族入植を禁止していたが,ロシア帝国東方への侵略が進展したため,辺防の必要から入植を認め,清末に至って上記3省を置いた。したがって本地域を東三省とも呼んだ。なお1949年の解放直後,当時置かれていた遼東,遼西,吉林,黒竜江,熱河,松江の6省と瀋陽鞍山,本渓,撫順,旅大,長春,ハルビン(哈爾浜)7市を管轄する大行政区として東北区が置かれたが,54年廃止された。
能の曲名三番目物鬘物(かつらもの)。作者不明。シテは和泉式部の霊。旅の(ワキ)が都に着き,東北院の梅を眺めていると,若い女(前ジテ)が現れ,この寺はもと中宮上東門院の御所で,そのころ仕えていた和泉式部が植えたのがこの梅だと教え,実は自分がこの花の主(あるじ)だといって姿を消す。僧が読経をしていると,和泉式部の霊(後ジテ)が生前の姿で現れ,昔,門前に車で来かかった関白藤原道長が車中で読経していた声を聞いて,〈門(かど)のほか法(のり)の車の音聞けばわれも火宅を出でにけるかな〉と詠んだことが思い出されると僧に話しかける。

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精選版 日本国語大辞典の解説

[1] 〘名〙 (古くは「とうぼく」か) 東と北との中間の方角。ひがしきた。北東。うしとらの方。また、東と北。
※菅家後集(903頃)元年立春「偏憑延喜開无暦、東北廻頭拝斗杓」 〔易経‐説卦〕
[2]
[一] 東北地方の通称。
※東西南北(1896)〈与謝野鉄幹〉自序「東北、宮城岩手青森諸県、大海嘯の惨状を想像しつつ」
謡曲。三番目物。各流。作者不詳。古名「軒端梅」。東国の僧が都の東北院で梅をながめていると、里の女が来て、この梅はむかし和泉式部が軒端の梅と名づけてながめた木であるといわれを語り、自分はその梅の主だと告げて姿を消す。その夜、僧の夢の中に和泉式部が現われ、むかし御堂関白がこの門前を通ったとき和歌を詠んだことや和歌の功徳を語って舞をまう。
〘名〙 東と北との中間の方角。とうほく。
※浮世草子・好色一代男(1682)一「ひがし北の家陰(やかげ)に」

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世界大百科事典内の東北の言及

【中国】より

…そのうち外蒙古はロシア革命の波及によって1924年にモンゴル人民共和国として独立している。満州つまり今日いう〈東北〉も中華民国時代,日本の傀儡政権〈満州帝国〉が一時独立を称していたことがあるが,これは日本の敗戦によって消滅した。中華民国は台湾で独自に政権を立てているが,要するに政権の問題であって,大陸側も台湾側も台湾が中国の一部分,つまり台湾省にすぎないことは明言している。…

【満洲】より

…日本海軍の測量艦(排水量3510トン)。もとはイタリア,ジェノバの造船所で建造されたロシア軍艦。1924年より海洋観測,水路測量に用いられた。25‐26年に同艦艦長を務めた重松良一大佐は,海軍水路部での海洋観測を育てた人。赤道域にまで至る西太平洋の広域の観測に先鞭をつけた。グアム島南西の北緯11゜13′,東経142゜09.5′での〈満洲〉による重錘測深の結果,9818mを得,満洲海淵と命名。本艦では,音響測深をもいち早く取り入れ,測深を採水測温,底質調査とともに海洋調査の主体とする観測方法を確立し,測量艦,測量船による系統的な観測の基をつくった。…

※「東北」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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