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高木敏雄 たかぎとしお

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高木敏雄
たかぎとしお

[生]1876.5. 熊本
[没]1922.12.18. 大阪
神話学者。 1896年東京大学に入学し,ドイツ文学を専攻して神話学の研究に没頭。 1900年卒業後,12年東京高等師範学校,22年大阪外国語大学の教授をつとめるかたわら,欧米 (特にドイツ) の方法によった神話,伝説研究の体系化を試み,この分野での先駆的業績を残した。『比較神話学』 (1904) ,『日本伝説集』 (13) ,『日本神話伝説の研究』 (25) などの著作がある。 13年には柳田国男と協力して民俗学の専門月刊誌である『郷土研究』を創刊している。

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世界大百科事典 第2版の解説

たかぎとしお【高木敏雄】

1876‐1922(明治9‐大正11)
日本における近代的な神話学の建設者。熊本に生まれ,東京帝国大学ドイツ文学科を卒業後,第五高等学校,東京高等師範学校,松山高等学校,大阪外国語学校でドイツ語を教え,文部省在外研究員としてドイツに出発を前に病没した。柳田国男と協力して〈《郷土研究》〉誌を編集(1913‐14)するなど,日本民俗学の発展にも功績があったが,やはり神話学者としての業績が大きく,東大在学中の1899年(明治32)から1914年(大正3)の間に集中している。

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世界大百科事典内の高木敏雄の言及

【伝説】より

…ただし上田敏の発言はそこまでで,日本における具体的な研究の進展は他の先進諸国同様,日本民俗学の黎明と勃興の時を待たなければならなかった。
[伝説の分類]
 その意味で,研究史上見のがすことのできぬ業績を残したのは高木敏雄(1876‐1922)である。高木は日本に行われる話の実態にそくして,初めてこれを分類,整理し《日本伝説集》(1913)に具体案を示した。…

【日本神話】より

…記紀神話にはこの擬制を生きる歴史的社会に特有の経験がこめられており,そうした社会においてこそ神話は最も有効に機能したのである。
[研究史]
 日本神話の研究は,すでに江戸時代に本居宣長や鈴木重胤らによって記紀の〈注釈〉という形で行われていたが,西欧の学説と方法を移入した近代的な〈神話研究〉は高木敏雄の《比較神話学》(1924)によって開始された。これは世界の神話・民族との比較検討により日本神話の普遍性とその系統を探るもので,この方法は松本信広,岡正雄,三品彰英らによって継承され,松村武雄の《日本神話の研究》(1954‐58)において大成された。…

※「高木敏雄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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