翻訳|mythology
神話を研究する学問。主として文化人類学の発達により、神話学は20世紀の中葉以後、今日までの短期間に面目を一新するほどの変貌(へんぼう)を遂げた。20世紀前半まで、大多数の専門家は、知能的、文化的にあるレベルに達しない限り、神話の発生そのものが無理だと考えていた。そしてすべての神話は、もとは呪術(じゅじゅつ)でしかなかった儀礼の由来を、太古の神々の活動と結び付けて説明する目的で生み出されるとして、儀礼こそがその発生の基盤とみなされていた。つまり神話の正しい解釈は、それを生み出した儀礼との結び付きを解明することにほかならないと考えられていた。
このような誤解は、地球上の多くの民族を未開な野蛮人とみなした偏見から生まれた。この偏見からの皮相な観察の報告を机上で分析し、また照合することによって生み出されたのが、エドワード・バーネット・タイラーやジェームズ・フレーザー、デュルケーム、レビ・ブリュールら、当時の神話観に支配的影響力をもった人類学の権威たちの学説である。それは、彼らが「未開人」とか「野蛮人」とよんでいやしめた人々とその文化の、事実とはまったく相違したフィクションでしかなかった。これら初期の人類学説から脱して、新しい人類学者たちにより、学問的方法で行われるようになった現地調査の結果から、神話は、人類にとって普遍的な文化事象であるという事実が認識された。そしてこの時点で、現代の神話研究の新しい歩みが始まったといえる。
神話研究の対象となる資料は、2種類に大別できる。一方は、たとえばギリシア神話や日本神話などのように文献に残されている神話であり、そのなかにはエジプトやメソポタミアの神話のように、考古学的発掘によって資料が発見され、解読されたものも含まれる。もう一方は、口伝えで伝承されている無文字民族の神話であり、その採集と研究は文化人類学者によってなされる。つまり、一方は文献学、他方は文化人類学と方法は大きく違うが、どちらの場合にも神話の研究のためには、それを生み出した文化についての専門的知識が不可欠である。しかしその反面で、一つの神話体系の研究だけからはけっして十分な理解は得られないので、別の文化の専門家による研究成果が絶えず参酌される必要がある。とくに古代神話研究家の間には、過去の人類学説の謬見(びゅうけん)に対する反発から、たとえばギリシア神話ならもっぱら古代ギリシア文化の枠内だけで研究することを学問的とみなすような傾向が、最近まで根強くみられたのである。
しかし、文化人類学的研究の対象となる無文字民族の神話には、現在でもなお現実に伝承され、また機能しているありさまを観察できる可能性も残されている。したがって古代神話の研究は、神話の本質が文化人類学によって解明されるという理解のもとに行われる必要がある。事実ギリシア神話の研究も、フランスのベルナンJ. P. Vernant(1914―2007)とデティエンヌM. Detienne(1935― )やイギリスのカークG. S. Kirk(1921―2003)など、文化人類学説に顧慮する人々によってリードされるようになってきた。彼らは、神話学一般にも重要な寄与を果たし、現代を代表する神話学者のなかに数えられる。
現代の神話学の革新にもっとも重大な貢献をした学者としては、デュメジルG. Dumézil(1898―1986)と、レビ・ストロースをあげなければならない。フランスの比較神話学者デュメジルは、インド・ヨーロッパ語族神話に共通する構造を、かなり細部にまでわたって復原させ、完全な沈滞状態に陥っていたインド・ヨーロッパ比較神話学を再生させた。フランスの文化人類学者レビ・ストロースは、デュメジルの研究から強い刺激と影響を受けながら、言語学をモデルにした斬新(ざんしん)な構造分析の方法を考案し、それをアメリカ原住民の神話の比較分析に適用した。『神話論』という共通の副題をつけられた4巻の大著に集成されたレビ・ストロースの業績は、デュメジルの膨大な著作とともに、現代神話学の二大金字塔である。
またスイスの深層心理学者ユングが、「原型の理論」によって、人類に普遍的な神話産出能力の解明に寄与したことも、軽視すべきではあるまい。現代でも神話あるいは擬似神話は、それと意識されずに人々に信じられ、古来神話が果たし続けてきたのと同じ機能を、現代の文化のなかで果たしつつある。ユングの理論は、神話など一見まったく喪失したようにみえる現代文化のなかでも、なお連綿と続いている神話の働きを解明すると同時に、人間とその文化に神話が不可欠である理由を明らかにするための有効な鍵(かぎ)を提供するように思われる。
[吉田敦彦]
『大林太良著『神話学入門』(1966・中公新書)』▽『G・デュメジル著、松村一男訳『ゲルマン人の神々』(1980・日本ブリタニカ)』▽『C・レヴィ・ストロース著、荒川幾男他訳『構造人類学』(1972・みすず書房)』
神話の研究の歴史は,古代ギリシアまでさかのぼらせることもできるが,近代的学問としての〈神話学〉は,19世紀後半に,比較言語学の成果に刺激されてギリシアやインド,ゲルマンなどインド・ヨーロッパ語系の民族の神話を比較研究した,マックス・ミュラーやアダルベルト・クーンAdalbert Kuhn(1812-81)ら,〈自然神話学派〉の学者たちによって創始されたと見ることができる。すべての神話を,太陽や嵐など印象的な自然現象に結びつけて解釈したこの派の学説は,やがてアンドルー・ラングによって代表される〈人類学派〉からの徹底的な批判を浴びて凋落した。その後,今世紀の前半には,タイラーやデュルケームら初期の人類学者たちの説に基づき,すべての神話が〈儀礼〉を母体として,その説明のために発生するとみなした〈儀礼説〉が隆盛をきわめた。この説も今日では,現地調査に基づく人類学の進歩によって,根本的に誤りだったことが明らかにされ,ようやく衰退した。しかしその立場から著された《金枝篇》に代表されるイギリスの古典学者・人類学者J.G.フレーザーの膨大な著作は,神話研究にとってきわめて貴重な資料の集成として,高い価値を現在でも失っていない。
現在の神話学を代表する権威の双璧は,フランスの比較神話学者デュメジルと,人類学者レビ・ストロースである。デュメジルは,〈自然神話学派〉とはまったく異なる構造分析的な比較の方法と,すぐれた語学力を駆使して,インド・ヨーロッパ語系の諸民族の神話は元来,彼が〈3機能体系〉と名づけた独特の世界観を反映し,共通の構造と内容を持っていたことを明らかにした。他方レビ・ストロースは,彼自身が〈構造人類学〉と名づけ,神話研究をそれまでの〈試行錯誤〉の段階から厳密な〈科学〉に革新すると標榜したきわめて斬新な方法により,南北アメリカの原住民の神話を縦横に比較しながら分析してみせ,賛否両様の多大な反響を呼び起こした。その成果を集成した4巻の《神話論》は,随所に論理の飛躍や強引なこじつけが目だつが,神話学のみならず,現代の思想や文化の全般にまで及ぼした重大な影響によっても,この論著はやはり,デュメジルの膨大な著作と並び,現代神話学の二大金字塔と評価できる。
デュメジルの研究は,インド・ヨーロッパ神話の構造との比較をうながすことにより,日本神話の研究にも,新しい展開をもたらした。他方レビ・ストロースも,《神話論》の中で,アメリカ原住民の神話と日本神話のあいだに見られるいくつかの奇妙な類似に注目し,両地域の神話が,アジア大陸からもたらされた共通の基層を持つ可能性があると指摘している。
執筆者:吉田 敦彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…この方法は親族,分類,神話等の領域に機能主義以後の革新的な理解をもたらした。 主著には,女性を交換する互酬のコードを婚姻体系にみる《親族の基本構造Les structures élémentaires de la parenté》(1949),〈未開分類〉の論理構造を明らかにしてヨーロッパ人類学の認識論を相対化した《野生の思考La pensée sauvage》《今日のトーテミスム》(ともに1962),また〈料理の三角形〉や〈儀礼と神話〉論を含む大作《神話学Mythologiques》4巻(1964‐71)などがある。ほかにも方法論集ともいうべき《構造人類学》2巻(1958,73)や,広い読者層を獲得した初期の内省的民族誌《悲しき熱帯Tristes tropiques》(1955)がある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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