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高須城 たかすじょう

日本の城がわかる事典の解説

たかすじょう【高須城】

岐阜県海津市(旧海津郡高須町)にあった平城(ひらじろ)。木曽三川(木曾川・揖斐川・長良川)にはさまれた低湿地にあった。室町時代後期から安土桃山時代にかけての城郭で、江戸時代には高須藩の藩庁が置かれた。高須城は、南北朝時代初期の1338年(暦応(りゃくおう)1)に氏家重国によって築かれたと伝えられている。城主がめまぐるしく変わったが、豊臣政権下では高木盛兼が1万石の城主をつとめていた。盛兼は1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いでは西軍(豊臣方)に与したため改易となり、戦後、高須藩5万石の初代藩主として入封した徳永寿昌(ながまさ)(柴田勝家旧臣)が城主となり、近世城郭としての整備がなされた。しかし、第2代昌重の代の1628年(寛永5)、城主の改易となり、高須藩は廃藩となった。その後、1640年(寛永17)に下総関宿から小笠原貞信が入封・入城して高須藩は復活したが、その後天領(幕府直轄領)となり、さらに1700年(元禄13)、尾張藩主・徳川光友の二男・松平義行が3万石を領して入封・入城し、以降、尾張藩の支藩として高須松平氏代々が城主をつとめて明治維新に至った。現在、城跡は県立海津明誠高等学校の敷地や公園になっており、土塁、堀跡が一部残っている。市内の海津歴史民俗資料館の敷地には、高須藩の松平氏の居館(高須城)の一部が復元されている。また、御殿の一部を移築したと伝わる建造物が六華苑(三重県桑名市)に残っている。JR東海道本線大垣駅からバス、城趾公園前下車。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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