日本歴史地名大系 「高麗門跡」の解説 高麗門跡こうらいもんあと 熊本県:熊本市熊本城下細工町懸高麗門跡[現在地名]熊本市新町四丁目新町の南西端にある城下町の境をなす櫓門。城下の西の要衝で、門前は高麗門勢溜。新町内の門付近を高麗門町、門の外側(現横手一丁目)を高麗門外とよんだ。「制度考」によれば、高麗門には有明灯の辻番所が置かれていた。慶長三年(一五九八)朝鮮から帰陣した加藤清正が建てたと伝える。工作は高瀬(たかせ)(現玉名市)の大工棟梁善蔵があたったという(高麗門碑文・加藤清正伝)。細川氏時代の寛文九年(一六六九)には高麗門付近の新馬借(しんばしやく)町に新牢ができており、高麗門勢溜は刑場であったが、寛政八年(一七九六)に刑場は下河原(しもがわら)へ移された(「本藩年表」永青文庫蔵)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by