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鳳林承章 ほうりん じょうしょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鳳林承章 ほうりん-じょうしょう

1593-1668 江戸時代前期の僧。
文禄(ぶんろく)2年生まれ。勧修寺(かじゅうじ)晴豊の子。臨済(りんざい)宗。西笑承兌(せいしょう-じょうたい)の法をつぐ。京都の等持院,鹿苑(ろくおん)寺,相国(しょうこく)寺などの住持となる。公卿(くぎょう)や金森宗和(かなもり-そうわ)らの茶人,林羅山らの儒者と親交があり,日記「隔蓂(かくめい)記」は当時の貴重な史料である。寛文8年8月24日死去。76歳。号は竹窠。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鳳林承章

没年:寛文8.8.24(1668.9.30)
生年:文禄2.1.22(1593.2.23)
江戸前期の臨済宗の僧。寛永文化の担い手のひとりとして知られる。公家の勧修寺晴豊の子として生まれ,7歳で豊臣秀吉,徳川家康の政治顧問として有名な西笑承兌 の弟子となって,そのあとを嗣ぎ,鹿苑寺(金閣寺)の住職,さらに相国寺の第95世となる。後水尾上皇のもとでの宮廷サロンの一員として活躍しており,鹿苑寺には五山僧,公家のみならず,茶人,陶工,医師などさまざまな人々が集まった。寛永12(1635)年より34年間にわたる日記『隔冥記』は,この時期の京都を中心とした政治,文化をみるうえでの基本史料となっている。

(原田正俊)

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