日本歴史地名大系 「鹿野田村」の解説
鹿野田村
かのだむら
- 宮崎県:西都市
- 鹿野田村
[現在地名]西都市鹿野田・都於郡町
近世の領主の変遷は妻万村に同じ。天正年間(一五七三―九二)に通用した日向国五郡分帳では「鹿野田 八十町」とみえる。日向国覚書では高二千四〇〇石余、寛文四年の高辻帳高寄帳写(日高文書)でも同高。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
近世の領主の変遷は妻万村に同じ。天正年間(一五七三―九二)に通用した日向国五郡分帳では「鹿野田 八十町」とみえる。日向国覚書では高二千四〇〇石余、寛文四年の高辻帳高寄帳写(日高文書)でも同高。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...