黒戸庄(読み)くろべのしよう

日本歴史地名大系 「黒戸庄」の解説

黒戸庄
くろべのしよう

近世の黒部くろべ村を中心にした地域に比定される荘園で、石清水いわしみず八幡宮(現八幡市)領。保元三年(一一五八)一二月三日付の官宣旨(石清水文書)に、宮寺領として「黒戸庄」とあるのが荘名をみる早い例である。

「公衡公記」正和四年(一三一五)八月七日条の院文殿評定の記事に「丹後国雑掌忠光与尚清法(印)代妙覚相論黒戸国衙方年貢事」とあって、黒戸保の年貢をめぐって、国衙方と石清水八幡宮方が訴訟を起こし、院文殿で評定が行われたことがわかる。下って丹後国田数帳には「黒戸保 五十四町五段 八幡領」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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