黒羊朝(読み)こくようちょう(その他表記)Qara-qoyunlu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「黒羊朝」の意味・わかりやすい解説

黒羊朝
こくようちょう
Qara-qoyunlu

イラクおよびイラン西部を支配したトルクメン系王朝 (1377頃~1469) 。ジャラーイル朝に仕えていたカラ・コユンル族のバイラム・ホジャ (在位?~1380) が,1377年頃モスルを中心にディヤルバクル地方に主権を確立して創始。カラ・ユースフ (在位 90頃~1420) のとき,チムール (帖木児)に敗れ,一時領土を失ったが,やがて勢力を回復し,1406~08年にはチムール朝からアゼルバイジャンを,10年にはジャラーイル朝からイラクを奪った。ジャハーン・シャー (在位 39~67) のとき,チムール朝の衰退に乗じて,レイ,イスファハンファールスケルマーンに支配を拡大したが,ジャハーン・シャーが白羊朝ウズン・ハサンに殺されると急速に衰え,69年白羊朝によって滅ぼされた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

関連語 帖木児

世界大百科事典(旧版)内の黒羊朝の言及

【カラ・コユンル朝】より

…1375ころ‐1469年。黒羊朝(こくようちよう)ともよばれる。史書中ではバラーニーBarānīとして知られる。…

※「黒羊朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む